事件の概要
小田急電鉄事件(東京高判平成15年12月11日)は、懲戒解雇された従業員の退職金不支給をめぐる裁判です。本事件の概要を以下の項目に分けて説明します。
当事者
- 原告(X):小田急電鉄株式会社の従業員
- 被告(Y):小田急電鉄株式会社
経緯
- Xの雇用と職務
Xは平成7年4月にYに雇用され、主に車両検査業務に従事していました。平成12年当時は車両検査主任として勤務していました。 - 最初の痴漢行為と処分
Xは平成12年5月1日、電車内で痴漢行為を行い、逮捕され、東京都迷惑防止条例違反で略式起訴され、20万円の罰金刑に処せられました。Y会社は、Xの普段のまじめな勤務態度等を考慮して、昇給停止および降職の処分とし、始末書を提出させました。 - 2度目の痴漢行為と逮捕
Xは同年11月21日に再び電車内で痴漢行為を行い、逮捕され、埼玉県迷惑防止条例違反で起訴されました。その後、懲役4月、執行猶予3年の有罪判決を受けています。 - 過去の痴漢行為
Xは平成3年、同9年にも痴漢行為をして逮捕され罰金刑に処せられており、そのことをY会社は本件の一連の事情聴取から知っていました。 - 懲戒解雇と退職金不支給
Y会社は、Xを懲戒解雇とし、退職金規則における、懲戒解雇により退職する者には原則として退職金を支給しないという規定に基づき、退職金を支給しませんでした。 - 解雇予告手当等の支払い
ただし、Xおよびその家族の当面の生活設計を考慮し、即時解雇をせず、解雇予告手当と冬季一時金は支払いました(合計で約90万円)。
訴訟の経緯
- 第一審(東京地裁)
Xは退職金の支給を求めて訴えを提起しました。第一審は、懲戒解雇は有効であるとしたうえで、本件の痴漢行為は、Xのそれまでの勤続の労を抹消してしまうほどの不信行為といわざるをえないと述べて、Xの請求を棄却しました。 - 控訴審(東京高裁)
Xは控訴しました。
争点
- 懲戒解雇の有効性
- 退職金不支給の適法性
判決要旨
東京高裁は原判決を変更し、Xの請求の一部を認容しました。主な判断は以下の通りです。
- 退職金の性質
退職金は、功労報償的な性格を有すると同時に、賃金の後払い的な性格を有し、従業員の退職後の生活保障という意味合いも持つものです。特に本件のように、退職金支給規則に基づき、給与及び勤続年数を基準として支給条件が明確に規定されている場合には、賃金の後払い的意味合いが強いとしました。 - 退職金全額不支給の要件
このような退職金について、その全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要であるとしました。特に、業務上の横領や背任など、会社に対する直接の背信行為とはいえない職務外の非違行為である場合には、それが会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有することが必要であると解されるとしました。 - 退職金の一部支給の可能性
退職金が功労報償的な性格を有するものであること、そして、その支給の可否については、会社の側に一定の合理的な裁量の余地があると考えられることからすれば、当該職務外の非違行為が、上記のような強度な背信性を有するとまではいえない場合であっても、常に退職金の全額を支給すべきであるとはいえないとしました。そうすると、このような場合には、当該不信行為の具体的内容と被解雇者の勤続の功などの個別的事情に応じ、退職金のうち、一定割合を支給すべきものであるとしました。 - 本件における判断
本件の痴漢行為は、Y会社の名誉信用を著しく害し、会社に無視しえないような現実的損害を生じさせるなど、上記のような犯罪行為に匹敵するような強度な背信性を有するとまではいえないとしました。しかし、Y会社が痴漢撲滅運動に取り組んでいる電鉄会社であることなどを考慮すると、相当程度の背信性があったことは否定できないとしました。 - 退職金の支給割合
上述のような本件行為の性格、内容や、本件懲戒解雇に至った経緯、また、Xの過去の勤務態度等の諸事情に加え、とりわけ、過去のYにおける割合的な支給事例等をも考慮し、本来の退職金の支給額の3割を支給すべきであるとしました。
判決の意義
本判決は、懲戒解雇に伴う退職金の不支給について、以下の点で重要な判断を示しました。
- 退職金の性質の考慮
退職金が賃金の後払い的性格と功労報償的性格を併せ持つことを認め、特に賃金の後払い的性格が強い場合には、全額不支給には慎重な判断が必要であることを示しました。 - 全額不支給の要件
退職金の全額不支給が認められるのは、労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為がある場合に限られるとしました。 - 一部支給の可能性
全額不支給が認められない場合でも、不信行為の内容や労働者の勤続の功などを考慮して、一定割合の支給を認める余地があることを示しました。 - 個別事情の考慮
退職金の支給割合を決定する際には、非違行為の内容、懲戒解雇に至った経緯、労働者の過去の勤務態度、会社における過去の支給事例など、様々な要素を総合的に考慮すべきであるとしました。
結論
本判決は、懲戒解雇に伴う退職金不支給の適法性について、退職金の性質や個別の事情を詳細に検討し、全額不支給ではなく一部支給を認めるという柔軟な判断を示しました。これにより、退職金の支給に関する使用者の裁量権に一定の制限を加え、労働者の利益にも配慮した判断基準を提示したといえます。この判決は、その後の類似事案における重要な先例となっています。