月: 2023年9月

三菱重工長崎造船所事件の解説(政治ストの妥当性)

三菱重工長崎造船所事件の概要を、以下の項目に沿って説明します。

事件の背景

この事件は、1978年10月16日に発生した政治ストライキに関するものです。当時、原子力船「むつ」の入港問題が社会的な注目を集めていました。

当事者

  • X:三菱重工業株式会社長崎造船所の従業員3名
  • Y:三菱重工業株式会社(使用者側)

事件の経緯

  1. ストライキの実施
    Xらは、全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会の幹部でした。この分会は、原子力船むつのS港への入港と、それに関する政府、N県、S市の方針決定や施策等に抗議する目的で、ストライキを実施しました。
  2. ストライキの内容
    • 日時:1978年10月16日午後4時30分から
    • 参加者:分会所属の組合員であるY会社の社員241名
    • 行動:職場離脱
  3. Xらの役割
    Xらは、闘争委員長および副闘争委員長として、このストライキを指揮あるいは補佐しました。また、X1とX2は自らも職場を離脱しました。
  4. 会社の対応
    Y会社は、Xらに対して出勤停止の懲戒処分を行いました。

訴訟の経緯

  1. 第一審
    Xらは、懲戒処分の無効確認を求めて訴えを提起しましたが、第一審はこの処分を有効としてXらの請求を棄却しました。
  2. 控訴審(福岡高裁 平成4年3月31日判決)
    控訴審も第一審の判断を維持し、以下のように述べました。
    「本件ストライキが「むつ」入港及びそれをめぐる政府・N県・S市の方針決定並びに施策等に抗議する目的であったことは争いがないところ、もともと右のような事項はXらの労働条件とは直接関係しない事項であり、Y会社に対し、これを対象に団体交渉を求めることはできない」
  3. 上告審(最高裁 平成4年9月25日判決)
    Xらは控訴審判決を不服として上告しましたが、最高裁は上告を棄却しました。

最高裁判決の要旨

最高裁は以下のように判示しました。

「使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係のない政治的目的のために争議行為を行うことは、憲法28条の保障とは無関係なものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違憲はない」

判決の意義

  1. 政治ストライキの位置づけ
    本判決は、政治目的のストライキが憲法28条(労働基本権)の保障の範囲外であることを明確に示しました。
  2. 争議行為の正当性判断
    争議行為の正当性は、主体、目的、手続、態様の4つの観点から判断されますが、本判決は特に「目的」の面で政治ストライキの正当性を否定しました。
  3. 使用者の対応可能性
    政治ストライキは、使用者が直接対応できない要求を掲げるものであり、労使関係の枠組みを超えた行為であることが確認されました。

関連する議論

  1. 学説の立場
    政治ストライキの正当性については、学説上も以下のような見解が分かれています。
    • 否定説:使用者に処理できない政治的要求を掲げるものなので、正当性はない。
    • 肯定説:政治的要求を掲げているかどうかは、正当性に影響しない。
    • 二分説:労働者の経済的利益に直接関わる経済的政治ストと純粋政治ストを区別し、前者のみ憲法28条による保障の範囲内とする。
  2. 表現の自由との関係
    本判決は、政治ストライキが憲法21条(表現の自由)によっても特別に保障されるものではないという立場を示唆しています。
  3. 同情ストライキとの比較
    政治ストライキと同様に、他社の労働者の争議を支援する目的で行われる同情ストライキについても、使用者との団体交渉による解決可能性がないという点で、類似の議論が適用される可能性があります。

事件の社会的背景

  1. 原子力船「むつ」問題
    1974年に原子力船「むつ」で放射線漏れ事故が発生し、その後の入港問題が社会的な議論を呼んでいました。
  2. 労働運動と政治的課題
    当時の労働運動が、直接的な労働条件改善だけでなく、より広い社会的・政治的課題にも取り組んでいた状況が背景にありました。
  3. 企業の社会的責任
    原子力関連施設の立地や運用に関して、地域社会との関係や企業の社会的責任が問われる時代になっていました。

判決後の影響

  1. 労働組合の活動方針への影響
    政治ストライキの正当性が否定されたことで、労働組合が政治的課題に取り組む際の手法に再考を迫られることになりました。
  2. 労使関係の枠組みの明確化
    労働争議の正当性判断において、使用者との交渉可能性が重要な基準となることが改めて確認されました。
  3. 憲法上の権利の解釈
    労働基本権の保障範囲について、具体的な判断基準が示されたことで、他の類似事案への影響も考えられます。

この事件は、労働運動と政治活動の境界線、企業の社会的責任、そして憲法上の権利の解釈など、多くの重要な論点を含んでおり、労働法学や憲法学の分野で重要な先例となっています。

Posted by shimizu-sr