三菱重工長崎造船所事件の概要を以下に述べます。
事件の背景
- 当事者
- X:三菱重工業株式会社長崎造船所の従業員(原告・被控訴人・被上告人)
- Y:三菱重工業株式会社(被告・控訴人・上告人)
- 経緯
- Xらは、Y会社の長崎造船所に勤務する従業員であり、B労働組合に所属しています。
- B組合は、昭和47年7月および8月の両月にわたってストライキを行いました。
- Y会社は、Xらに対して、各ストライキ期間に応じた家族手当を支払いませんでした。
争点
ストライキ期間中の家族手当の削減が適法かどうかが主な争点となりました。
事実関係
- 家族手当の性質
- 家族手当は、Y会社の就業規則の一部である社員賃金規則により、扶養家族数に応じて毎月支給されていたものです。
- 過去の取り扱い
- 長崎造船所においては、昭和23年ころから同44年10月まで、社員賃金規則中に、ストライキ期間中、その期間に応じて家族手当を含む時間割賃金を削減する旨の規定を設けていました。
- この規定に基づいてストライキ期間に応じた家族手当の削減を行ってきました。
- 規定の変更
- Y会社は、昭和44年11月1日、賃金規則から家族手当削減の規定を削除しました。
- その後、社員賃金規則細部取扱のなかに同様の規定を設けました。
- この際、Y会社従業員の過半数で組織されたC労働組合の意見を聴取していました。
- その後の取り扱い
- Y会社は、この改正後も、昭和49年に家族手当が廃止され、有扶養手当が新設されるまで、従来どおりストライキの場合の家族手当の削減を継続してきました。
- 労働組合の対応
- B組合は、昭和47年8月、Y会社に対し、家族手当削減分の返済を求めましたが、Y会社はこれに応じませんでした。
訴訟の経緯
- 第一審
- Xらは、家族手当の支払いを求めて訴えを提起しました。
- 第一審判決は、Xらの請求を認容しました。
- 控訴審
- Y会社が控訴しましたが、控訴審もXらの請求を認容し、控訴を棄却しました。
- 上告審
- Y会社が上告しました。
当事者の主張
- Xらの主張
- 家族手当は生活保障的な手当であり、ストライキの期間中であっても減額することはできません。
- 労働基準法37条5項が家族手当を割増賃金の算定基礎から除外しているのは、この手当が労働時間に対応した賃金でないことを認めているからです。
- 賃金の生活保障的部分は、ストライキなどにより不就業となった場合には控除できない趣旨です。
- Y会社の主張
- ストライキの場合における家族手当の削減は、長年にわたる労働慣行となっています。
- 労働協約等に別段の定めがある場合には、その定めを優先すべきです。
最高裁判決の要旨
最高裁判所は、原判決を破棄し、Xらの請求を棄却しました。その理由は以下の通りです。
- 労働慣行の成立
- Y会社の長崎造船所においては、ストライキの場合における家族手当の削減が昭和23年ころから昭和44年10月までは就業規則(社員賃金規則)の規定に基づいて実施されており、その後も、細部取扱のうちに定められ、同様の取扱いが引き続き異議なく行われてきたと認められます。
- したがって、ストライキの場合における家族手当の削減は、Y会社とXらの所属するB組合との間の労働慣行となっていたものと推認することができます。
- 個別的判断の必要性
- ストライキ期間中の賃金削減の対象となる部分の存否及びその部分と賃金削減の対象とならない部分の区別は、当該労働協約等の定め又は労働慣行の趣旨に照らし個別的に判断するのが相当です。
- Y会社の長崎造船所においては、昭和44年11月以降も本件家族手当の削減が労働慣行として成立していると判断できるため、いわゆる抽象的一般的賃金二分論を前提とするXらの主張は、その前提を欠き、失当です。
- 労働基準法の解釈
- 労働基準法37条5項が家族手当を割増賃金算定の基礎から除外すべきものと定めたのは、家族手当が労働者の個人的事情に基づいて支給される性格の賃金であって、これを割増賃金の基礎となる賃金に算入させることを原則とすることがかえって不適切な結果を生ずるおそれのあることを配慮したものです。
- 労働との直接の結びつきが薄いからといって、その故にストライキの場合における家族手当の削減を直ちに違法とする趣旨までを含むものではありません。
- また、同法24条所定の賃金全額払の原則は、ストライキに伴う賃金削減の当否の判断とは何ら関係がありません。
判決の意義
この判決は、以下の点で重要な意義を持っています。
- 労働慣行の重視
- ストライキ時の賃金カットの範囲について、労働協約等の定めや労働慣行を重視する立場を明確にしました。
- 賃金二分論の相対化
- いわゆる賃金二分論(賃金を労働の対価としての部分と生活保障的部分に分ける考え方)を絶対的なものとせず、個別の事情に応じて判断すべきとしました。
- 家族手当の性質の解釈
- 家族手当が労働との直接の結びつきが薄いからといって、ストライキ時の削減が直ちに違法とはならないとしました。
- 労働基準法の解釈
- 労働基準法37条5項(割増賃金の算定基礎からの家族手当の除外)や24条(賃金全額払の原則)の規定が、ストライキ時の家族手当削減の可否に直接影響を与えるものではないとしました。
この判決により、ストライキ時の賃金カットの範囲について、労使間の慣行や個別の事情を考慮して判断すべきという考え方が確立されました。これは、労使関係の実態に即した柔軟な解釈を可能にする一方で、労働者の生活保障という観点からは議論の余地を残す結果となりました。