トーコロ事件の解説(過半数代表者とは)

トーコロ事件の概要を以下に述べます。

事件の背景

この事件は、残業命令の拒否を理由とする解雇の有効性が争われた労働訴訟です。主な争点は、36協定の有効性と残業命令の適法性でした。

当事者

  • X:Y会社の従業員(原告・被控訴人・被上告人)
  • Y:会社(被告・控訴人・上告人)

事実関係

  1. Xの業務内容
    Xは、Y会社で電算写植機のオペレーターとして勤務し、住所録作成(組版)の業務に従事していました。
  2. 残業の状況
    平成3年9月末頃、組版業務の部署で午後7時まで残業する申し合わせがなされ、Xも同年10月初旬頃から、毎日30分ないし1時間45分程度残業するようになりました。
  3. 残業命令と拒否
    Y会社は繁忙期に入り、上司がXに何度か残業時間を延長するよう求めましたが、Xがこれに従わないとみると、同月31日に営業部長が残業命令を発しました。
  4. Xの健康状態
    Xは、同年2月4日、眼精疲労であるとする医師の診断書を提出しました。その後、Xは定時の午後5時半になると帰宅していました。
  5. 解雇の経緯
    Y会社の社長は、Xに対し自己都合退職するよう勧告し、Xがこれを拒否すると、解雇を通告しました。
  6. 訴訟の提起
    Xは、この解雇は無効であるとして、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認などを求めて訴えを提起しました。

36協定の締結状況

  1. 協定の締結日と届出
    本件の36協定は、平成3年4月6日に所轄の労働基準監督署に届け出られていました。
  2. 協定の当事者
    協定の当事者は、Y会社と「労働者の過半数を代表する者」としての「営業部A」でした。
  3. 代表者の選出方法
    協定の当事者の選出方法については、「全員の話し合いによる選出」とされていました。
  4. 「友の会」について
    Aは「友の会」の代表者でした。「友の会」は役員を含めたY会社の全従業員によって構成されており、会員相互の親睦等を図り、融和団結の実をあげることを目的とする親睦団体でした。

裁判の経過

  1. 第一審
    Xの請求をほぼ認容しました(ただし、慰謝料請求は認められませんでした)。
  2. 控訴審
    Y会社の控訴を棄却しました。
  3. 上告審
    最高裁は、本判決の判断は正当として是認できるとして、上告を棄却しました(最2小判平成13年6月22日)。

判決の要旨

  1. 36協定の有効性
    裁判所は、「労働者の過半数を代表する者」は当該事業場の労働者により適法に選出されなければならないとしました。適法な選出といえるためには、以下の条件が必要であるとしています。 a. 当該事業場の労働者にとって、選出される者が労働者の過半数を代表して36協定を締結することの適否を判断する機会が与えられていること。 b. 当該事業場の過半数の労働者がその候補者を支持していると認められる民主的な手続がとられていること。
  2. 「友の会」代表者の位置づけ
    裁判所は、「友の会」は労働組合ではなく、親睦団体であるとしました。したがって、Aが「友の会」の代表者として自動的に本件36協定を締結したにすぎないときには、Aは労働組合の代表者でもなく、「労働者の過半数を代表する者」でもないため、本件36協定は無効であるとしました。
  3. 36協定締結の手続きについて
    本件36協定の締結に際して、労働者にその事実を知らせ、締結の適否を判断させる趣旨のための社内報が配付されたり集会が開催されたりした形跡はなく、Aが「労働者の過半数を代表する者」として民主的に選出されたことを認めるに足りる証拠はないと判断しました。
  4. 残業命令の有効性
    36協定が無効であるため、それを前提とする本件残業命令も有効であるとは認められないとしました。
  5. 解雇の有効性
    Xには本件残業命令に従う義務がなかったため、残業命令違反を理由とする解雇は無効であるとしました。

判決の意義

  1. 過半数代表者の選出方法
    この判決は、36協定締結における過半数代表者の選出方法について重要な指針を示しました。単に親睦団体の代表者を自動的に労働者の代表とすることは適切ではなく、民主的な手続きによる選出が必要であることを明確にしました。
  2. 36協定の有効性と残業命令の関係
    36協定が無効である場合、それに基づく残業命令も無効となることを示しました。これにより、企業は36協定の締結手続きを適切に行う必要性を再認識することとなりました。
  3. 労働者の権利保護
    この判決は、不適切な手続きによる36協定の締結や、それに基づく残業命令から労働者を保護する役割を果たしました。
  4. 企業の労務管理への影響
    企業は36協定の締結手続きを見直し、適切な過半数代表者の選出方法を確立する必要性に迫られることとなりました。

本判決後の法改正

本判決を受けて、2019年に労働基準法施行規則が改正され、過半数代表者の選出方法について以下の要件が明文化されました。

  1. 管理監督者(労働基準法41条2号)の地位にないこと。
  2. 労働基準法に規定する協定等をする者を選出することを明らかにして実施される投票、挙手等の方法による手続により選出された者であって、使用者の意向に基づき選出されたものでないこと。

これにより、過半数代表者の選出方法についての法的要件がより明確になりました。

企業への示唆

  1. 36協定締結の重要性
    残業を命じるためには、有効な36協定の締結が不可欠です。
  2. 過半数代表者の適切な選出
    過半数代表者は、民主的な手続きにより選出される必要があります。単に既存の団体の代表者を充てるのではなく、36協定締結のための代表者であることを明示した上で選出しなければなりません。
  3. 選出過程の記録
    過半数代表者の選出過程を記録し、適切な手続きを経たことを証明できるようにしておくことが重要です。
  4. 従業員への周知
    36協定の内容や過半数代表者の選出過程について、従業員に十分な周知を行うことが求められます。
  5. 残業命令の適法性確認
    残業命令を出す際は、36協定の内容に沿ったものであるか、また協定自体が有効であるかを確認する必要があります。
  6. 健康管理への配慮
    従業員の健康状態に配慮し、正当な理由がある場合には残業を免除するなど、柔軟な対応が求められます。

本事件は、36協定の締結手続きの重要性と、それに基づく残業命令の適法性について重要な判断を示しました。企業は、この判決を踏まえ、適切な労務管理を行うことが求められます。

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国労広島地本事件の解説(組合員の協力義務は存在するか)

国労広島地本事件(最高裁昭和50年11月28日第三小法廷判決)の概要を以下に述べます。

事件の背景

この事件は、旧国鉄の労働組合である国鉄労働組合(国労)広島地方本部が、脱退した組合員に対して未納の一般組合費と臨時組合費の支払いを求めた訴訟です。

当事者

  • 原告(上告人):国鉄労働組合広島地方本部
  • 被告(被上告人):脱退した元組合員

争点

主な争点は以下の通りです。

  1. 労働組合の組合員の協力義務の範囲
  2. 臨時組合費の納入義務の有無とその判断基準
  3. 労働組合の政治的活動と組合員の協力義務の関係

事実関係

  1. 国労広島地方本部は、組合員に対して一般組合費のほか、以下の臨時組合費を徴収していました。
    • 炭労資金(他の労働組合の闘争支援資金)
    • 安保資金(安保反対闘争の費用及び処分を受けた組合員の救援費用)
    • 政治意識昂揚資金(特定の立候補者の選挙運動支援のための政党への寄付金)
  2. 被告らは国労を脱退した後、これらの組合費の支払いを拒否しました。
  3. 国労広島地方本部は、被告らに対して未納の組合費の支払いを求めて訴訟を提起しました。

下級審の判断

第一審と控訴審は、以下のように判断しました。

  1. 一般組合費については、納入義務を認めました。
  2. 臨時組合費については、以下のように判断しました。
    • 炭労資金:納入義務を否定
    • 安保資金:納入義務を否定
    • 政治意識昂揚資金:納入義務を否定
  3. 控訴審は第一審の判断を維持しました。

最高裁の判断

最高裁は、原判決を一部破棄し、以下のように判断しました。

1. 組合員の協力義務について

最高裁は、労働組合の組合員の協力義務について、以下のように述べています。

  • 労働組合の組合員は、組合の構成員として留まる限り、組合が正規の手続に従って決定した活動に参加し、組合の活動を妨害するような行為を避止する義務を負う。
  • 組合員は、組合活動の経済的基礎をなす組合費を納付する義務を負う。
  • しかし、これらの義務(協力義務)は無制限のものではない。

2. 協力義務の範囲

最高裁は、協力義務の範囲について以下のように判示しています。

  • 労働組合は、労働者の労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的とする団体である。
  • 組合員の協力義務は、この目的達成のために必要な団体活動の範囲に限られる。
  • 労働組合の活動範囲が広く、かつ弾力的であるとしても、すべての活動について当然かつ一様に組合員に対して統制力を及ぼし、組合員の協力を強制できるわけではない。

3. 協力義務の限界

最高裁は、協力義務の限界について以下のように述べています。

  • 労働組合の活動が多様化するにつれて、組合による統制の範囲も拡大し、組合員が一個の市民又は人間として有する自由や権利と矛盾衝突する場合が増大している。
  • 今日の社会的条件のもとでは、組合に加入していることが労働者にとって重要な利益であり、組合脱退の自由も事実上大きな制約を受けている。
  • したがって、労働組合の活動として許されたものであるというだけで、そのことから直ちにこれに対する組合員の協力義務を無条件で肯定することは相当でない。

4. 協力義務の判断基準

最高裁は、協力義務の判断基準について以下のように示しています。

  • 問題とされている具体的な組合活動の内容・性質、これについて組合員に求められる協力の内容・程度・態様等を比較考量する必要がある。
  • 多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の基本的利益の調和という観点から、組合の統制力とその反面としての組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加えることが必要である。

5. 各臨時組合費についての判断

最高裁は、各臨時組合費について以下のように判断しました。

a. 炭労資金(他の労働組合の闘争支援資金)

  • 他の労働組合の闘争を支援するか否かは、専ら当該組合が自主的に判断すべき政策問題である。
  • 多数決によりそれが決定された場合には、これに対する組合員の協力義務を否定すべき理由はない。
  • したがって、組合員は納入義務を負う。

b. 安保資金(安保反対闘争の費用)

  • 安保反対闘争そのものは、個人的かつ自主的な思想、見解、判断等に基づいて決定すべきことである。
  • 労働組合がこのような政治活動をすることは許されるが、組合員に対してこれへの参加や協力を義務づけることはできない。
  • したがって、組合員は納入義務を負わない。

c. 安保資金(処分を受けた組合員の救援費用)

  • 政治的活動に参加して不利益処分を受けた組合員に対する救援そのものは、組合の主要な目的の一つである組合員に対する共済活動として当然に許される。
  • 救援費用を拠出することが直ちに処分の原因たる政治的活動に積極的に協力することになるものではない。
  • その拠出を強制しても、組合員個人の政治的思想、見解、判断等に関係する程度は極めて軽微なものである。
  • したがって、組合員は納入義務を負う。

d. 政治意識昂揚資金(特定の立候補者の選挙運動支援のための政党への寄付金)

  • 選挙においてどの政党又はどの候補者を支持するかは、投票の自由と表裏をなすものとして、組合員各人が市民としての個人的な政治的思想、見解等に基づいて自主的に決定すべき事柄である。
  • 組合員に対してこれへの協力を強制することは許されない。
  • したがって、組合員は納入義務を負わない。

本判決の意義

  1. 労働組合の政治活動と組合員の協力義務の関係を明確にした点で重要な意義を持つ判決です。
  2. 労働組合の活動範囲が拡大し、多様化する中で、組合員の協力義務の範囲に合理的な限定を加える必要性を示しました。
  3. 組合活動の目的との関連性や組合員の基本的利益との調和という観点から、多数決原理に基づく組合活動の実効性と組合員個人の自由の保障との間に合理的な均衡を図ることの重要性を指摘しました。
  4. 労働組合の政治活動について、組合員の政治的自由や投票の自由を尊重する立場を明確にしました。
  5. 臨時組合費の種類に応じて、組合員の納入義務の有無を個別に判断する基準を示しました。

本判決の影響

  1. 本判決は、労働組合の政治活動と組合員の権利・義務の関係について、重要な先例となりました。
  2. 労働組合の活動範囲と組合員の協力義務の限界について、バランスの取れた判断基準を示したことで、その後の労使関係や労働組合の運営に大きな影響を与えました。
  3. 組合員の政治的自由や思想・信条の自由を尊重する立場を明確にしたことで、労働組合の政治活動のあり方に一定の制限を課すことになりました。
  4. 臨時組合費の徴収に関して、その目的や性質に応じた個別の判断が必要であることを示したことで、労働組合の財政運営にも影響を与えました。
  5. 本判決の考え方は、その後の労働組合に関する裁判例にも引き継がれ、労働法学や労使関係論においても重要な位置を占めています。

結論

国労広島地本事件の最高裁判決は、労働組合の活動と組合員の権利・義務のバランスについて、重要な指針を示しました。労働組合の目的達成のために必要な活動については組合員の協力義務を認めつつ、組合員の基本的人権や自由を不当に侵害しないよう、合理的な限定を加える必要性を明らかにしたのです。

この判決は、労働組合の政治活動の自由と組合員の政治的自由の調和を図る上で重要な役割を果たし、現代の労使関係や労働組合の運営に大きな影響を与えています。労働組合の活動の多様化や社会情勢の変化に伴い、組合員の権利と義務のバランスをどのように取るべきかという問題は、今後も重要な課題であり続けるでしょう。

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三菱重工長崎造船所事件の解説(政治ストの妥当性)

三菱重工長崎造船所事件の概要を、以下の項目に沿って説明します。

事件の背景

この事件は、1978年10月16日に発生した政治ストライキに関するものです。当時、原子力船「むつ」の入港問題が社会的な注目を集めていました。

当事者

  • X:三菱重工業株式会社長崎造船所の従業員3名
  • Y:三菱重工業株式会社(使用者側)

事件の経緯

  1. ストライキの実施
    Xらは、全日本造船機械労働組合三菱重工支部長崎造船分会の幹部でした。この分会は、原子力船むつのS港への入港と、それに関する政府、N県、S市の方針決定や施策等に抗議する目的で、ストライキを実施しました。
  2. ストライキの内容
    • 日時:1978年10月16日午後4時30分から
    • 参加者:分会所属の組合員であるY会社の社員241名
    • 行動:職場離脱
  3. Xらの役割
    Xらは、闘争委員長および副闘争委員長として、このストライキを指揮あるいは補佐しました。また、X1とX2は自らも職場を離脱しました。
  4. 会社の対応
    Y会社は、Xらに対して出勤停止の懲戒処分を行いました。

訴訟の経緯

  1. 第一審
    Xらは、懲戒処分の無効確認を求めて訴えを提起しましたが、第一審はこの処分を有効としてXらの請求を棄却しました。
  2. 控訴審(福岡高裁 平成4年3月31日判決)
    控訴審も第一審の判断を維持し、以下のように述べました。
    「本件ストライキが「むつ」入港及びそれをめぐる政府・N県・S市の方針決定並びに施策等に抗議する目的であったことは争いがないところ、もともと右のような事項はXらの労働条件とは直接関係しない事項であり、Y会社に対し、これを対象に団体交渉を求めることはできない」
  3. 上告審(最高裁 平成4年9月25日判決)
    Xらは控訴審判決を不服として上告しましたが、最高裁は上告を棄却しました。

最高裁判決の要旨

最高裁は以下のように判示しました。

「使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係のない政治的目的のために争議行為を行うことは、憲法28条の保障とは無関係なものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであり、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違憲はない」

判決の意義

  1. 政治ストライキの位置づけ
    本判決は、政治目的のストライキが憲法28条(労働基本権)の保障の範囲外であることを明確に示しました。
  2. 争議行為の正当性判断
    争議行為の正当性は、主体、目的、手続、態様の4つの観点から判断されますが、本判決は特に「目的」の面で政治ストライキの正当性を否定しました。
  3. 使用者の対応可能性
    政治ストライキは、使用者が直接対応できない要求を掲げるものであり、労使関係の枠組みを超えた行為であることが確認されました。

関連する議論

  1. 学説の立場
    政治ストライキの正当性については、学説上も以下のような見解が分かれています。
    • 否定説:使用者に処理できない政治的要求を掲げるものなので、正当性はない。
    • 肯定説:政治的要求を掲げているかどうかは、正当性に影響しない。
    • 二分説:労働者の経済的利益に直接関わる経済的政治ストと純粋政治ストを区別し、前者のみ憲法28条による保障の範囲内とする。
  2. 表現の自由との関係
    本判決は、政治ストライキが憲法21条(表現の自由)によっても特別に保障されるものではないという立場を示唆しています。
  3. 同情ストライキとの比較
    政治ストライキと同様に、他社の労働者の争議を支援する目的で行われる同情ストライキについても、使用者との団体交渉による解決可能性がないという点で、類似の議論が適用される可能性があります。

事件の社会的背景

  1. 原子力船「むつ」問題
    1974年に原子力船「むつ」で放射線漏れ事故が発生し、その後の入港問題が社会的な議論を呼んでいました。
  2. 労働運動と政治的課題
    当時の労働運動が、直接的な労働条件改善だけでなく、より広い社会的・政治的課題にも取り組んでいた状況が背景にありました。
  3. 企業の社会的責任
    原子力関連施設の立地や運用に関して、地域社会との関係や企業の社会的責任が問われる時代になっていました。

判決後の影響

  1. 労働組合の活動方針への影響
    政治ストライキの正当性が否定されたことで、労働組合が政治的課題に取り組む際の手法に再考を迫られることになりました。
  2. 労使関係の枠組みの明確化
    労働争議の正当性判断において、使用者との交渉可能性が重要な基準となることが改めて確認されました。
  3. 憲法上の権利の解釈
    労働基本権の保障範囲について、具体的な判断基準が示されたことで、他の類似事案への影響も考えられます。

この事件は、労働運動と政治活動の境界線、企業の社会的責任、そして憲法上の権利の解釈など、多くの重要な論点を含んでおり、労働法学や憲法学の分野で重要な先例となっています。

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日立製作所武蔵工場事件の解説(時間外労働命令は拒否できるか)

日立製作所武蔵工場事件の概要を、以下の項目に沿って説明します。

事件の背景

この事件は、日立製作所武蔵工場に勤務していたXが、残業命令を拒否したことをきっかけに懲戒解雇されたことに対し、その無効を訴えた労働裁判です。事件の発端は1967年(昭和42年)9月6日に遡ります。

当事者

  • X(原告):日立製作所武蔵工場に勤務していた従業員
  • Y(被告):株式会社日立製作所

Xの業務内容

Xは、Y会社のA工場においてトランジスターの品質および歩留まりの向上を管理する係として勤務していました。具体的には、製造部低周波製作課特性管理係に属し、トランジスターの特性管理の業務に従事していました。

事件の経緯

  1. 1967年9月6日、9月の選別実績歩留まりがXの算出した推定値を下回ったため、B主任がXに問いただしました。
  2. Xは作業に手抜きがあったことを認めました。
  3. B主任はXに対し、残業して原因の究明と歩留まり推定のやり直しを命じました。
  4. Xは残業命令を拒否し、翌日に実施しました。
  5. Y会社は、この残業拒否を理由にXに対して出勤停止14日間の懲戒処分を言い渡すとともに、始末書の提出を命じました。
  6. Xは、当該処分後に出勤した際、残業は労働者の権利であり就業規則に違反した覚えはないとして始末書の提出を拒否しました。
  7. 管理者らの説得により始末書を提出しましたが、反省の態度がみられないとして受領を拒否されました。
  8. Xはかえって挑発的な発言をするようになりました。
  9. Y会社は、Xの態度は過去4回の処分歴と相まって、就業規則所定の懲戒事由に該当するとして、懲戒解雇としました。
  10. Xは、この懲戒解雇は無効であると主張して訴えを提起しました。

就業規則の内容

Y会社の就業規則には、以下のような規定が設けられていました。

「業務上の都合によりやむを得ない場合には組合との協定により1日8時間、1週48時間の実労働時間を延長(早出、残業または呼出)することがある」

時間外労働に関する協定(36協定)

Y会社は、Xの所属する労働組合との間で36協定を締結し、所轄労働基準監督署長に届け出ていました。この協定では、時間外労働を命じることができる事由として、以下のような項目が定められていました。

  1. 納期に完納しないと重大な支障を起こすおそれのある場合
  2. その他前各号に準ずる理由のある場合

裁判の経過

第一審

第一審では、労働組合(Xも加入している)との協定(36協定)で定める時間外労働事由は具体性に欠けるので残業命令は無効であり、懲戒解雇も無効であるとしました。

控訴審

控訴審では、残業命令は有効であり、懲戒解雇も有効であると判断しました。

上告審(最高裁判決)

Xは上告しましたが、最高裁は上告を棄却し、Y会社の懲戒解雇を有効と認めました。

最高裁判決の要旨

最高裁は以下のように判示しました。

  1. 労働基準法32条の労働時間を延長して労働させることにつき、使用者が、いわゆる36協定を締結し、これを所轄労働基準監督署長に届け出た場合において、使用者が当該事業場に適用される就業規則に当該36協定の範囲内で一定の業務上の事由があれば労働契約に定める労働時間を延長して労働者を労働させることができる旨定めているときは、当該就業規則の規定の内容が合理的なものである限り、それが具体的労働契約の内容をなすものとする。
  2. 就業規則の規定の適用を受ける労働者は、その定めるところに従い、労働契約に定める労働時間を超えて労働をする義務を負うものと解するを相当とする。
  3. 本件の場合、Y会社の武蔵工場における時間外労働の具体的な内容は36協定によって定められており、36協定は、Y会社がXら労働者に時間外労働を命ずるについて、その時間を限定し、かつ、一定の事由を必要としているのであるから、結局、本件就業規則の規定は合理的なものというべきである。
  4. 36協定所定の事由のうち一部は、いささか概括的、網羅的であることは否定できないが、企業が需給関係に即応した生産計画を適正かつ円滑に実施する必要性は労働基準法36条の予定するところと解される。
  5. Y会社の事業の内容、Xら労働者の担当する業務、具体的な作業の手順ないし経過等にかんがみると、36協定所定の事由が相当性を欠くということはできない。
  6. したがって、Y会社は、1967年9月6日当時、36協定所定の事由が存在する場合にはXに時間外労働をするよう命ずることができたというべきである。
  7. B主任が発した残業命令は36協定所定の事由に該当するから、これによって、Xは時間外労働をする義務を負うに至ったといわざるを得ない。
  8. B主任が残業命令を発したのはXのした手抜作業の結果を追完・補正するためであったこと等の事実関係を併せ考えると、残業命令に従わなかったXに対しY会社のした懲戒解雇が権利の濫用に該当するということもできない。

本判決の意義

この判決は、就業規則に基づく時間外労働命令の有効性について、重要な判断を示しました。具体的には以下の点が重要です。

  1. 36協定の締結と労働基準監督署長への届出
  2. 就業規則における時間外労働に関する規定の存在
  3. 就業規則の規定内容の合理性

これらの条件が満たされている場合、労働者は時間外労働命令に従う義務があるとされました。

本判決への評価と批判

本判決は、使用者の時間外労働命令権を広く認めたものとして、労働法学界や労働組合から批判を受けました。主な批判点は以下の通りです。

  1. 労働者の私生活への影響を軽視している。
  2. 36協定の内容が抽象的であっても有効とされる可能性がある。
  3. 長時間労働を助長する恐れがある。

一方で、企業の生産性向上や競争力維持の観点から、本判決を支持する意見もあります。

その後の展開

この判決以降、時間外労働に関する法規制は徐々に強化されてきました。特に近年では、働き方改革関連法の成立により、時間外労働の上限規制が導入されるなど、長時間労働の是正に向けた取り組みが進められています。

しかし、本判決の基本的な考え方は現在も維持されており、就業規則や36協定に基づく時間外労働命令の有効性を判断する際の重要な先例となっています。

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三菱重工長崎造船所事件の解説(ストライキ時の賃金カットの範囲)

三菱重工長崎造船所事件の概要を以下に述べます。

事件の背景

  1. 当事者
    • X:三菱重工業株式会社長崎造船所の従業員(原告・被控訴人・被上告人)
    • Y:三菱重工業株式会社(被告・控訴人・上告人)
  2. 経緯
    • Xらは、Y会社の長崎造船所に勤務する従業員であり、B労働組合に所属しています。
    • B組合は、昭和47年7月および8月の両月にわたってストライキを行いました。
    • Y会社は、Xらに対して、各ストライキ期間に応じた家族手当を支払いませんでした。

争点

ストライキ期間中の家族手当の削減が適法かどうかが主な争点となりました。

事実関係

  1. 家族手当の性質
    • 家族手当は、Y会社の就業規則の一部である社員賃金規則により、扶養家族数に応じて毎月支給されていたものです。
  2. 過去の取り扱い
    • 長崎造船所においては、昭和23年ころから同44年10月まで、社員賃金規則中に、ストライキ期間中、その期間に応じて家族手当を含む時間割賃金を削減する旨の規定を設けていました。
    • この規定に基づいてストライキ期間に応じた家族手当の削減を行ってきました。
  3. 規定の変更
    • Y会社は、昭和44年11月1日、賃金規則から家族手当削減の規定を削除しました。
    • その後、社員賃金規則細部取扱のなかに同様の規定を設けました。
    • この際、Y会社従業員の過半数で組織されたC労働組合の意見を聴取していました。
  4. その後の取り扱い
    • Y会社は、この改正後も、昭和49年に家族手当が廃止され、有扶養手当が新設されるまで、従来どおりストライキの場合の家族手当の削減を継続してきました。
  5. 労働組合の対応
    • B組合は、昭和47年8月、Y会社に対し、家族手当削減分の返済を求めましたが、Y会社はこれに応じませんでした。

訴訟の経緯

  1. 第一審
    • Xらは、家族手当の支払いを求めて訴えを提起しました。
    • 第一審判決は、Xらの請求を認容しました。
  2. 控訴審
    • Y会社が控訴しましたが、控訴審もXらの請求を認容し、控訴を棄却しました。
  3. 上告審
    • Y会社が上告しました。

当事者の主張

  1. Xらの主張
    • 家族手当は生活保障的な手当であり、ストライキの期間中であっても減額することはできません。
    • 労働基準法37条5項が家族手当を割増賃金の算定基礎から除外しているのは、この手当が労働時間に対応した賃金でないことを認めているからです。
    • 賃金の生活保障的部分は、ストライキなどにより不就業となった場合には控除できない趣旨です。
  2. Y会社の主張
    • ストライキの場合における家族手当の削減は、長年にわたる労働慣行となっています。
    • 労働協約等に別段の定めがある場合には、その定めを優先すべきです。

最高裁判決の要旨

最高裁判所は、原判決を破棄し、Xらの請求を棄却しました。その理由は以下の通りです。

  1. 労働慣行の成立
    • Y会社の長崎造船所においては、ストライキの場合における家族手当の削減が昭和23年ころから昭和44年10月までは就業規則(社員賃金規則)の規定に基づいて実施されており、その後も、細部取扱のうちに定められ、同様の取扱いが引き続き異議なく行われてきたと認められます。
    • したがって、ストライキの場合における家族手当の削減は、Y会社とXらの所属するB組合との間の労働慣行となっていたものと推認することができます。
  2. 個別的判断の必要性
    • ストライキ期間中の賃金削減の対象となる部分の存否及びその部分と賃金削減の対象とならない部分の区別は、当該労働協約等の定め又は労働慣行の趣旨に照らし個別的に判断するのが相当です。
    • Y会社の長崎造船所においては、昭和44年11月以降も本件家族手当の削減が労働慣行として成立していると判断できるため、いわゆる抽象的一般的賃金二分論を前提とするXらの主張は、その前提を欠き、失当です。
  3. 労働基準法の解釈
    • 労働基準法37条5項が家族手当を割増賃金算定の基礎から除外すべきものと定めたのは、家族手当が労働者の個人的事情に基づいて支給される性格の賃金であって、これを割増賃金の基礎となる賃金に算入させることを原則とすることがかえって不適切な結果を生ずるおそれのあることを配慮したものです。
    • 労働との直接の結びつきが薄いからといって、その故にストライキの場合における家族手当の削減を直ちに違法とする趣旨までを含むものではありません。
    • また、同法24条所定の賃金全額払の原則は、ストライキに伴う賃金削減の当否の判断とは何ら関係がありません。

判決の意義

この判決は、以下の点で重要な意義を持っています。

  1. 労働慣行の重視
    • ストライキ時の賃金カットの範囲について、労働協約等の定めや労働慣行を重視する立場を明確にしました。
  2. 賃金二分論の相対化
    • いわゆる賃金二分論(賃金を労働の対価としての部分と生活保障的部分に分ける考え方)を絶対的なものとせず、個別の事情に応じて判断すべきとしました。
  3. 家族手当の性質の解釈
    • 家族手当が労働との直接の結びつきが薄いからといって、ストライキ時の削減が直ちに違法とはならないとしました。
  4. 労働基準法の解釈
    • 労働基準法37条5項(割増賃金の算定基礎からの家族手当の除外)や24条(賃金全額払の原則)の規定が、ストライキ時の家族手当削減の可否に直接影響を与えるものではないとしました。

この判決により、ストライキ時の賃金カットの範囲について、労使間の慣行や個別の事情を考慮して判断すべきという考え方が確立されました。これは、労使関係の実態に即した柔軟な解釈を可能にする一方で、労働者の生活保障という観点からは議論の余地を残す結果となりました。

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JR東日本(国鉄千葉動労)事件の解説

JR東日本(国鉄千葉動労)事件の概要を以下に述べます。

事件の背景

  1. 労使関係の状況
    • JR東日本は、1987年に国鉄の分割民営化により設立された会社です。
    • 国鉄時代からの労使関係の問題を引き継いでおり、労働組合との関係は必ずしも良好ではありませんでした。
  2. 労働組合の状況
    • 本件の当事者である労働組合は、国鉄千葉動力車労働組合(千葉動労)です。
    • 千葉動労は、JR東日本の従業員のうち、主に動力車(機関車や電車)に関係する業務に従事する従業員で構成されていました。

事件の経緯

  1. ストライキの予告
    • 千葉動労は、平成2年(1990年)3月16日、JR東日本に対して3月19日午前0時から48時間ないし72時間のストライキを行う旨の通知を行いました。
    • この通知は、労働関係調整法37条に基づく正式な通知でした。
  2. 会社側の対応
    • 3月18日、JR東日本は、千葉動労の組合員らに対して以下の措置を講じました。
      a. A運転区への入構制限
      b. 庁舎への立入り制限
      c. 組合事務所前へのフェンス設置
  3. 労働組合の抗議と前倒しストライキの実施
    • 千葉動労は、JR東日本の措置に対して抗議しました。
    • 抗議が解決しなかったため、千葉動労は3月18日午前11時55分頃、JR東日本に対して正午以降全乗務員を対象としたストライキを実施することを口頭で通告しました。
    • 予定より半日早くストライキを開始したこの行動を「前倒しストライキ」と呼びます。
  4. 会社側の対応
    • JR東日本は、前倒しストライキによって対策要員経費や代替輸送費などの損害が生じたとして、千葉動労に対して損害賠償を求める訴えを提起しました。

裁判の経緯

  1. 第一審(地方裁判所)
    • 第一審では、JR東日本の行った入構制限等は不当労働行為とはいえず、千葉動労の前倒しストライキは正当性を欠くとして、JR東日本の請求を一部認容しました。
  2. 控訴審(高等裁判所)
    • 千葉動労が第一審判決を不服として控訴しました。
    • 東京高等裁判所は、原判決を変更し、JR東日本の請求を一部認容しました。

裁判所の判断

  1. ストライキ期間中の会社の権利
    • 裁判所は、使用者はストライキの期間中であっても、業務の遂行を停止しなければならないものではなく、操業を継続するために必要な対抗措置を取ることができると判断しました。
  2. 会社施設の利用に関する判断
    • 労働組合またはその組合員が使用者の許諾を得ないで使用者の所有・管理する物的施設を利用して組合活動を行うことは、原則として正当な組合活動に当たらないとしました。
    • ただし、使用者の権利濫用と認められるような特段の事情がある場合は例外とされます。
  3. JR東日本の対応の正当性
    • 本件におけるJR東日本の措置は、ストライキ時における操業継続を図るために必要かつ相当な対抗措置であったと判断されました。
    • 施設管理権を濫用したというような特段の事情はないとされました。
  4. 前倒しストライキの正当性
    • 千葉動労のストライキの前倒し実施は、JR東日本の正当な施設管理権の行使に抗議し、これに対抗するために行われたとみなされました。
    • 裁判所は、自らの事前の争議通告に反してストライキを行うことを正当化するに十分な緊急性・重要性が存しないと判断しました。

判決の意義

  1. 争議行為の予告と変更
    • 本判決は、労働組合が一度予告した争議行為の日時を変更する場合の正当性について、重要な判断を示しました。
    • 単に会社の対抗措置に抗議するためだけでは、予告を変更してストライキを前倒しで実施することの正当性は認められないとしています。
  2. 会社の対抗措置の範囲
    • ストライキ期間中であっても、会社が業務継続のために必要な対抗措置を取ることができるという判断は、労使関係における会社側の権利を明確にしたものといえます。
  3. 施設管理権と組合活動
    • 会社の施設管理権と労働組合の活動の関係について、原則として会社の権利が優先されることを確認しつつ、権利濫用の場合には例外があり得ることを示しました。
  4. 争議行為の正当性判断
    • 争議行為の正当性を判断する際には、その目的だけでなく、手続や態様も考慮されることを明らかにしました。

本判決の影響

  1. 労使関係への影響
    • 本判決により、労働組合は争議行為の予告を変更する際には、十分な正当性が必要であることが明確になりました。
    • 会社側は、ストライキに対する対抗措置の正当性について、一定の法的根拠を得ることになりました。
  2. 今後の労使交渉への影響
    • 労働組合は、争議行為を計画する際に、より慎重な検討が必要となることが予想されます。
    • 会社側も、対抗措置を講じる際には、その必要性と相当性を十分に検討する必要があります。
  3. 判例としての意義
    • 本判決は、争議行為の正当性判断に関する重要な先例となり、以後の類似事案における判断基準として参照されることが予想されます。

結論

本事件は、JR東日本と千葉動労との間で生じた労使紛争であり、争議行為の正当性や会社の対抗措置の適法性について重要な判断を示しました。裁判所は、労働組合の争議権を認めつつも、その行使には一定の制限があることを明確にし、同時に会社側の権利も尊重されるべきであるとの立場を示しました。この判決は、労使関係における権利のバランスを考える上で重要な指針となるものであり、今後の労使交渉や紛争解決に大きな影響を与えると考えられます。

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三菱重工長崎造船所事件の解説(計画年休)

事件の概要

三菱重工長崎造船所事件は、計画年休制度の適用をめぐって争われた労働判例です。以下、事件の詳細を項目ごとに説明します。更衣時間の業務性が問われた事件とは関係ありません。

背景

  1. 計画年休制度の導入
    • 1987年の労働基準法改正により、計画年休制度が新設されました。
    • この制度は、年次有給休暇の取得率向上を目的としています。
  2. 三菱重工業の対応
    • 三菱重工業の長崎造船所では、夏季の連続休暇実施の一環として有給休暇の一斉付与措置を行っていました。
    • 1987年の労基法改正を受け、会社は計画年休制度の導入を検討しました。

事件の経緯

  1. 労使協定の締結
    • 1989年、三菱重工業は従業員の98%を組織するC労働組合(重工労組)と計画年休協定を締結しました。
    • 協定内容:7月25日、26日の2日間を年休日とする計画年休を実施。
  2. 少数組合の反対
    • B労働組合(長船労組)は計画年休に反対していました。
    • 会社は1988年10月からB組合と団体交渉を行いましたが、合意には至りませんでした。
  3. 訴訟の発生
    • B組合の組合員Xは、7月27日、28日に年休を取得すると主張して欠勤しました。
    • 会社は28日分の賃金を控除しました。
    • Xは残存保有年休日数の確認と控除分の賃金支払いを求めて提訴しました。

裁判の経過

  1. 第一審(長崎地方裁判所)
    • 判決日:1992年3月26日
    • 結果:原告(X)の請求を棄却
  2. 控訴審(福岡高等裁判所)
    • 判決日:1994年3月24日
    • 結果:控訴棄却(原告の請求を棄却)

裁判所の判断

  1. 計画年休制度の趣旨
    • 年休取得率の向上
    • 労働時間の短縮と余暇の活用推進
  2. 労使協定の効力
    • 適法に締結された労使協定は、事業場の全労働者に効力が及ぶとしました。
    • 少数組合の組合員も拘束されるとの判断がなされました。
  3. 協定締結の手続き
    • 会社は複数の労働組合と団体交渉を行い、制度導入の提案や趣旨説明、意見聴取等の適正な手続きを経ていると認められました。
  4. 計画年休の内容
    • 事業所全体の休業による一斉付与方式
    • 計画的付与の対象日数を2日に限定
    • 夏季に集中させることで、多くの労働者が希望する10日程度の夏季連続休暇の実現を図る
  5. 適用除外の可能性
    • 裁判所は、適用を除外すべき特別の事情がない限り、反対する労働者にも効力が及ぶとしました。

判決の意義

  1. 計画年休制度の法的効力の確認
    • 適法に締結された計画年休協定は、反対する少数組合の組合員にも効力が及ぶことが明確化されました。
  2. 労使協定の拘束力
    • 過半数組合との協定が、事業場の全労働者に及ぶことが確認されました。
  3. 手続きの重要性
    • 計画年休導入に際しての適切な手続き(説明、意見聴取等)の重要性が示されました。
  4. 労働者の個別事情への配慮
    • 特別な事情がある場合には適用除外の可能性があることが示唆されました。

関連する法律

  1. 労働基準法第39条第6項(現行法)
    • 使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定により、第一項から第三項までの規定による有給休暇を与える時季に関する定めをしたときは、これらの規定による有給休暇の日数のうち五日を超える部分については、前項の規定にかかわらず、その定めにより有給休暇を与えることができる。

事件後の展開

  1. 計画年休制度の普及
    • この判決以降、多くの企業で計画年休制度が導入されるようになりました。
  2. 年次有給休暇の取得促進
    • 政府や企業は、年次有給休暇の取得率向上に向けた取り組みを強化しています。
  3. 働き方改革との関連
    • 近年の働き方改革の流れの中で、年次有給休暇の取得促進はさらに重要視されています。

影響

三菱重工長崎造船所事件の裁判結果は、労働法と労使関係に以下のような重要な影響を与えました。

計画年休制度の法的効力の確認

この判決により、適法に締結された計画年休協定は、反対する少数組合の組合員にも効力が及ぶことが明確化されました。これにより、計画年休制度の法的な位置づけが強化され、多くの企業で導入が進むきっかけとなりました。

労使協定の拘束力の明確化

過半数組合との協定が、事業場の全労働者に及ぶことが確認されました。これは、労使関係における多数決原理の重要性を再確認するものとなり、労使交渉の在り方に影響を与えました。

年次有給休暇の取得促進

本判決以降、計画年休制度の導入が進み、年次有給休暇の取得率向上に向けた取り組みが強化されました。これは、労働者の休暇取得権と企業の生産性向上の両立を図る動きにつながりました。

少数組合の権利保護と労使協調の重要性

判決は、少数組合の意見も尊重しつつ、労使協調の重要性を示しました。これにより、企業は少数意見にも配慮しながら、全体の利益を考慮した労務管理を行う必要性が認識されるようになりました。

働き方改革への布石

この判決は、年次有給休暇の計画的取得を促進する流れを作り出し、後の働き方改革における年次有給休暇の取得義務化などの政策にも影響を与えたと考えられます。

以上のように、三菱重工長崎造船所事件の裁判結果は、労働法制や企業の労務管理実務に広範な影響を与え、日本の労使関係の発展に重要な役割を果たしました。

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    林野庁白石営林署事件の解説(年休の自由利用の原則)

    林野庁白石営林署事件(最高裁判所第二小法廷 昭和48年3月2日判決)の概要を以下に述べます。

    事件の背景

    この事件は、年次有給休暇(以下、年休)の法的性質と、その取得に関する使用者の承認の要否が争点となった重要な判例です。

    事案の概要

    1. 当事者
      • 原告(被上告人):X(白石営林署の職員)
      • 被告(上告人):Y(国)
    2. 経緯
      • Xは、A営林署の職員であり、B労働組合の組合員でもありました。
      • B組合は、組合員が勤務時間内に許可なく職場大会を開いたなどの理由で処分を受けたため、これに抗議する闘争を行うこととしました。
      • C分会はその拠点の1つとされました。
    3. 年休の請求と不承認
      • Xは、Cでの闘争に参加するために、昭和33年12月9日に翌日と翌々日(10日、11日)の2日間の年休を請求しました。
      • Xはこの2日間出勤しませんでした。
      • 当局はこの年休請求を不承認とし、2日分の給料をカットしました。
    4. 訴訟の経緯
      • Xは、カットされた分の支払いを求めて訴えを提起しました。
      • 第1審および原審ともに、Xの請求を認容しました。
      • Y(国)が上告しました。

    判決要旨

    最高裁判所は、以下のような判断を示し、上告を棄却しました(Xの請求を認容)。

    1. 年休権の法的性質
      • 年休の権利は、労働基準法39条1項、2項の要件が充足されることによって法律上当然に労働者に生じる権利である。
      • 労働者の請求を待って初めて生じるものではない。
    2. 「請求」の意味
      • 労働基準法39条5項にいう「請求」とは、休暇の時季にのみ関わる文言である。
      • その趣旨は、休暇の時季の「指定」にほかならない。
    3. 使用者の義務
      • 労働基準法は、有給休暇を「与える」としているが、休暇の付与義務者たる使用者に要求されるのは、労働者がその権利として有する有給休暇を享受することを妨げてはならないという不作為を基本的内容とする義務である。
    4. 年休の利用目的
      • 年次休暇の利用目的は労働基準法の関知しないところである。
      • 休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由である。
    5. 一斉休暇闘争との区別
      • いわゆる一斉休暇闘争(労働者がその所属の事業場において、その業務の正常な運営の阻害を目的として、全員一斉に休暇届を提出して職場を放棄・離脱するもの)は、年次休暇に名を借りた同盟罷業にほかならない。
      • しかし、他の事業場における争議行為等に休暇中の労働者が参加したか否かは、当該年次有給休暇の成否に影響しない。
    6. 時季変更権の判断基準
      • 労働基準法39条3項但書にいう「事業の正常な運営を妨げる」か否かの判断は、当該労働者の所属する事業場を基準として決すべきである。

    判決の意義

    1. 年休権の法的性質の明確化
      • この判決は、年休権が労働基準法の要件充足により当然に発生する権利であることを明確にしました。
      • 使用者の承認は年休取得の要件ではないことが示されました。
    2. 年休の自由利用原則の確立
      • 年休の利用目的は労働者の自由であり、使用者の干渉を許さないことが明確に示されました。
    3. 時季指定権と時季変更権の関係の整理
      • 労働者の時季指定権が原則であり、使用者の時季変更権は例外的に認められるものであることが示されました。
    4. 一斉休暇闘争と個人の年休取得の区別
      • 一斉休暇闘争は年休権の濫用として認められないが、個人が他の事業場の争議行為に参加するために年休を取得することは認められるという区別が明確にされました。

    本判決の影響

    1. 年休制度の運用への影響
      • 多くの企業で行われていた年休取得の承認制度の見直しが必要となりました。
      • 労働者の年休取得の権利が強化され、より自由な取得が可能となりました。
    2. 労使関係への影響
      • 年休を巡る労使間の紛争解決の指針となりました。
      • 労働者の権利意識の向上につながりました。
    3. 後の判例への影響
      • 年休に関する後の判例の基礎となり、年休制度の解釈に大きな影響を与えました。
    4. 法改正への影響
      • 2018年の労働基準法改正で導入された年5日の年休取得義務化など、年休制度の充実に影響を与えました。

    結論

    林野庁白石営林署事件の最高裁判決は、年次有給休暇の法的性質を明確にし、労働者の権利としての年休の重要性を示しました。この判決により、年休は労働者の当然の権利であり、その取得に使用者の承認は不要であること、また年休の利用目的は労働者の自由であることが確立されました。これにより、日本の労働環境における年休制度の運用に大きな影響を与え、労働者の権利保護に寄与しました。

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    日本マクドナルド事件の解説(管理監督者)

    日本マクドナルド事件の概要を、以下の項目に分けて説明します。

    事件の背景

    この事件は、日本マクドナルド株式会社の直営店店長が、会社に対して未払いの割増賃金の支払いを求めて訴訟を起こしたものです。会社は店長を労働基準法41条2号の管理監督者として扱い、法定労働時間を超える時間外労働に対して割増賃金を支払っていませんでした。

    原告の主張

    原告である店長は、以下の点を主張しました。

    1. 店長職は管理監督者に該当しない。
    2. 店長には実質的な権限がほとんどない。
    3. 月100時間以上の残業をすることもあったが、残業代が支払われなかった。
    4. 残業代がないため、月給が部下を下回ることもあった。

    被告の主張

    被告である日本マクドナルド株式会社は、以下の点を主張しました。

    1. 店長は管理監督者に該当する。
    2. 店長には残業代の代わりに手当が支給されている。
    3. 店長には予算権限がある。

    裁判所の判断

    東京地方裁判所は、以下の点を指摘し、店長の管理監督者性を否定しました。

    1. 店長の職務内容と権限
      • アルバイト従業員の採用や育成、勤務シフトの決定、販売促進活動の企画・実施等に関する権限を有している。
      • 被告の営業方針や営業戦略に即した店舗運営を遂行すべき立場にある。
      • しかし、店長の職務と権限は店舗内の事項に限られている。
    2. 経営への関与
      • 店長は経営方針などの決定に関与していない。
      • 経営者と一体的立場とは言えない。
    3. 労働時間管理
      • 店長は自らのスケジュールを決定する権限を有している。
      • 早退や遅刻に関して上司の許可を得る必要はない。
      • しかし、実際には店長として固有の業務を遂行するだけで相応の時間を要する。
      • 店舗の各営業時間帯には必ずシフトマネージャーを置かなければならないという勤務態勢上の必要性から、自らシフトマネージャーとして勤務することも多い。
      • 結果として、法定労働時間を超える長時間の時間外労働を余儀なくされている。
    4. 賃金待遇
      • 店長の賃金は、労働基準法の労働時間等の規定の適用を排除される管理監督者に対する待遇としては十分とは言い難い。
      • 一部の店長の年額賃金は、下位の職位であるファーストアシスタントマネージャーの平均年収より低額である。
    5. インセンティブプラン
      • 各種インセンティブプランが設けられているが、これは一定の業績を達成したことを条件として支給されるものである。
      • 全ての店長に支給されるものではない。
      • 店長だけでなく、店舗の他の従業員もインセンティブ支給の対象としているものが多い。

    判決内容

    裁判所は、「店長の職務、権限は店舗内の事項に限られており、労働基準法の労働時間の枠を超えて事業活動することを要請されてもやむを得ないとは認められない」と判断しました。その結果、店長を管理監督者と認めず、会社に約755万円の未払い残業代等の支払いを命じる判決を下しました。

    事件の影響

    この判決は、以下のような影響を与えました。

    1. 日本マクドナルドの直営店店長は全国で約1,700人いたため、会社に大きな影響を与えた。
    2. チェーン店展開で同じような経営形態をとるファストフード店やコンビニエンスストアにも影響を与えた。
    3. いわゆる「名ばかり管理職」問題に対する社会的関心を高めた。

    和解による終結

    本事件は、日本マクドナルド社が東京高等裁判所に控訴しましたが、平成21年3月18日に和解により終了しました。和解の内容は以下の通りです。

    1. 会社が「名ばかり店長」だったことを認めた。
    2. 時間外及び休日労働に対する割増賃金等の支払いを行うことに合意した。

    会社の対応

    日本マクドナルドは、この事件を受けて以下のような対応を行いました。

    1. 制度変更を行い、店長を管理監督者から外した。
    2. 店長に対して残業代を支払う制度を導入した。

    結論

    この事件は、労働基準法が定める管理監督者の解釈について、重要な判断基準を示しました。裁判所は、単に役職名や形式的な権限だけでなく、実質的な職務内容、権限、責任、労働実態、待遇などを総合的に考慮して判断すべきであるとしています。この判決は、いわゆる「名ばかり管理職」問題に一石を投じ、企業の労務管理のあり方に大きな影響を与えたと言えます。

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    阪急トラベルサポート事件の解説

    事件の概要

    本事件は、旅行添乗員の労働時間管理に関する重要な判例です。以下、事件の詳細を項目ごとに説明します。

    当事者

    • 原告(X):派遣添乗員として働いていた労働者
    • 被告(Y):派遣元会社である阪急トラベルサポート
    • 訴外A社:派遣先の旅行会社(阪急交通社)

    事案の経緯

    Xは、Y社に登録型派遣添乗員として雇用され、A社が主催する海外ツアーの添乗業務に従事していました。Xの業務内容は以下の通りです。

    1. ツアー参加者と共に日本を出発
    2. 現地での交通機関・レストラン等の手配
    3. ツアー参加者の要望への対応

    労働条件

    Y社がA社に交付した派遣社員就業条件明示書には、以下の内容が記載されていました。

    • 労働時間:原則として午前8時から午後8時まで(休憩を除くと11時間)
    • 賃金:日当16,000円

    しかし、実際のXの1日の労働時間は11時間を超えることもありました。

    争点

    本件の主な争点は、添乗員の業務が労働基準法38条の2第1項に定める「労働時間を算定し難いとき」に該当するか否かです。Y社は、派遣添乗員の業務は事業場外労働であり、「労働時間を算定し難いとき」に該当するとして、所定の日当のみを支払っていました。

    Xの主張

    Xは、未払いの時間外割増賃金等があるとして、Y社に対しその支払いを求めて提訴しました。

    裁判の経過

    1. 第一審(東京地裁)
      本件添乗業務は「労働時間を算定し難いとき」に該当するとしました。
    2. 控訴審(東京高裁)
      「労働時間を算定し難いとき」に該当しないとして、Xの割増賃金請求の多くを認めました。
    3. 上告審(最高裁)
      Y社が上告受理申立てを行いました。

    最高裁の判断

    最高裁は、以下の理由から、本件添乗業務は「労働時間を算定し難いとき」に該当しないと判断しました。

    1. 業務内容の確定性
      • ツアーの旅行日程は、日時や目的地等が明確に定められている。
      • 添乗員の業務内容は、あらかじめ具体的に確定されている。
      • 添乗員が自ら決定できる事項の範囲及び選択の幅は限られている。
    2. 具体的な指示と報告体制
      • ツアー開始前に、A社は添乗員に対し具体的な業務内容を指示している。
      • ツアー実施中も、必要に応じてA社の指示を受けることが求められている。
      • ツアー終了後は、詳細な添乗日報の提出が求められている。
    3. 勤務状況の把握可能性
      • 上記の要素を考慮すると、添乗員の勤務状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難い。

    判決の意義

    本判決は、事業場外労働におけるみなし労働時間制の適用要件について、最高裁として初めて判断を示したものです。特に以下の点で重要な意義があります。

    1. 「労働時間を算定し難いとき」の判断基準
      • 業務の性質、内容、遂行の態様
      • 使用者と労働者間の指示・報告体制
    2. みなし労働時間制の適用範囲の明確化
      • 単に事業場外で労働しているというだけでは不十分
      • 使用者による労働時間の把握可能性が重要
    3. 添乗員の労働時間管理への影響
      • 旅行業界における労働時間管理の見直しが必要

    本判決の影響

    1. 旅行業界への影響
      添乗員の労働時間管理方法の見直しが必要となります。実際の労働時間を把握し、適切な賃金支払いを行う体制の構築が求められます。
    2. 他の事業場外労働への波及
      営業職や在宅勤務など、他の事業場外労働についても、みなし労働時間制の適用可否を再検討する必要が生じる可能性があります。
    3. 労働時間管理の重要性の再認識
      使用者は、労働者の実際の労働時間を可能な限り正確に把握し、適切に管理することの重要性を再認識する契機となります。

    今後の課題

    1. 実効性のある労働時間管理方法の確立
      添乗員の労働実態に即した、実効性のある労働時間管理方法を確立する必要があります。
    2. 労使間の協議
      労働時間の算定方法や賃金体系について、労使間で十分な協議を行い、合意形成を図ることが重要です。
    3. 法制度の見直し
      事業場外労働に関する法制度について、現代の多様な働き方に対応した見直しを検討する必要があるかもしれません。
    4. 他の職種への適用
      本判決の考え方を、他の事業場外労働を行う職種にどのように適用していくかについて、検討が必要です。

    結論

    本判決は、みなし労働時間制の適用要件について重要な判断基準を示しました。使用者は労働者の実際の労働時間を可能な限り正確に把握し、適切に管理することが求められます。一方で、事業場外で働く労働者の多様な働き方に対応した労働時間管理のあり方について、さらなる議論と検討が必要です。

    Posted by shimizu-sr